就職ナビ2011の正しい知識

日本への発注から現地調達へKさんが江崎工業に移った頃は、トヨタやホンダ、あるいは日産といったセットメーカーと部品などを作る協力メーカーとの関係が、大きく変わろうとしているときだった。
その一つはグローバル化であり、もう一つは「提案型」の協力関係の進化であり深化である。 1985年のプラザ合意により、1ドルが240円から140円へと一気に円高に転換したとき、日本の企業のアジアやアメリカへの海外展開が加速した。
最初にセットメーカーが進出を促進させ、次に協力メーカーの進出が続いた。 中小企業の場合は1990年代の後半から海外への進出が増え始めたのだが、その意味では江崎工業の2007年のタイ進出は、自動車関連メーカーとしては遅かった、といえるだろう。
中小製造業のアジアにおける現地法人の推移をみると、1993年には約300社だったが、2004年には1200社へと増大している。 Kさんに言わせると、主に部品加工をする協カメーカーは、「セットメーカーが何を考えているのかを理解することが大切」だという。
あるいは「新しい設計を立ち上げるとき、セットメーカーがどの部品メーカーに電話をするのか、が問われるのです。 そのときに選ばれるのが本当のパートナーですよ」ということなのだ。
日本のものづくりの強さの特徴として、いわゆる「擦り合わせ型」のものづくりが挙げられる。 それぞれの得意分野で知恵を出し合い、相談をしながら製品を作り込んでいくのだが、そのとき、あてになる知恵と技術をもった協力メーカーが生き残ると同時に、すぐれた協力メーカーをもったセットメーカーもまた生き残ることができるのだ。
そういう意味では、江崎工業は技術をもっていてあてになる、選ばれてきたメーカーの一つなのだが、外国への進出が遅れたのはなぜだろう。 十年遅かったという印象なのである。
説明を聞いてみると、1996年頃に進出を予定して合弁相手などを物色していたのだが、いわゆる97年にアジア通貨危機がやってきて、頓挫してしまったのが理由の一つなのだそうだ。 また、取引先が拡大したり、いすゞの国内展開に合わせて北海道に工場を新設するなどしてきたので、なんとか「さしあたって食えた」ことも理由として挙げられるだろう。

しかし2000年代に入って、日本の国内マーケットの成長が止まり、クルマの販売そのものも長期停滞になってきた。 それに対して成長が著しいのはアジア諸国だった。

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